横断歩道の向こう岸。
振り向いた己の目に映ったものは信号待ちの友人と後輩、ただそれだけ。
(それだけでもう笑うに足る楽しい光景じゃないか充分に?)
信号の先ふらふらと自転車を揺らす背中が何者かなど考えるまでもなく、彼を見つけたらいつでもどこでも動くものそれは利央の口。
「準さあん!」
うるさい声がでかいと青木の眉間が皺を刻む。
しかし利央とて近所迷惑を振りまく気など毛頭なくただ挨拶を、と。
運動部員としてひととして、一言おはようと、言えればよかっただけだった。
けれども自転車を止め振り向いた彼のひとはたった一言。
「ざまーみろ!」
利央と目が合うや否や楽しそうに楽しそうに、そして理不尽に言い捨て、手本のような呵呵大笑。
先程までの眠たい運転から笑って心機一転か、逃げるような速さで颯爽と、颯爽と本当に、逃げていく。
ぽつねんと取り残されたふたりの瞳に直に変わるであろう赤信号がせつなくしみる。
「…俺、たまに準さんがわかんない…」
利央と青木を待つ気配などかけらも発さず去ってゆく後ろ姿に、呆然とするほか何ができようか。
「…俺は比較的いつもわからないんだけどな…」
つぶやく青木の声重く、今日という日の幕が開く。
さあ信号を渡ろうじゃないか。
振り向いた己の目に映ったものは信号待ちの友人と後輩、ただそれだけ。
(それだけでもう笑うに足る楽しい光景じゃないか充分に?)
信号の先ふらふらと自転車を揺らす背中が何者かなど考えるまでもなく、彼を見つけたらいつでもどこでも動くものそれは利央の口。
「準さあん!」
うるさい声がでかいと青木の眉間が皺を刻む。
しかし利央とて近所迷惑を振りまく気など毛頭なくただ挨拶を、と。
運動部員としてひととして、一言おはようと、言えればよかっただけだった。
けれども自転車を止め振り向いた彼のひとはたった一言。
「ざまーみろ!」
利央と目が合うや否や楽しそうに楽しそうに、そして理不尽に言い捨て、手本のような呵呵大笑。
先程までの眠たい運転から笑って心機一転か、逃げるような速さで颯爽と、颯爽と本当に、逃げていく。
ぽつねんと取り残されたふたりの瞳に直に変わるであろう赤信号がせつなくしみる。
「…俺、たまに準さんがわかんない…」
利央と青木を待つ気配などかけらも発さず去ってゆく後ろ姿に、呆然とするほか何ができようか。
「…俺は比較的いつもわからないんだけどな…」
つぶやく青木の声重く、今日という日の幕が開く。
さあ信号を渡ろうじゃないか。
桐青野球部というくくりに対して準さんはとても愛に溢れているのだ。
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沸き起こる悲鳴、歓声、笑い声。
それらすべてを生み出せる男。
「俺は山ちゃんのああいうとこ好きだけどさ」
器用なのは被害者か加害者か、島崎慎吾の左半身は見事にずぶ濡れ。
だが既に諦めの境地に至ったか、気にする風もなく愚痴を言うでもなくしゃがみ、並ぶ。
「クラスも部活も毎日一緒で、ショウジキなところ疲れません?」
たれ目たれ目、おまえこそ。
食えぬ主将のクラスメイトは、一体誰だというのか。
「ばかだなあ慎吾」
ふ、と見つめる先数メートル。
躍るホースは2本ともに無断借用。青と緑が身をくねらせて放水する先で、きらきら光る飛沫と笑顔と、黄色い被害者の、なみだ。
それがまた笑いを誘うと気づけぬことこそ彼の敗因、彼の魅力。
愛しい愛しい後輩への集中攻撃になりつつも、件のひとの気配り目配り余念なく。
あますことなく、濡れねずみ。
「山ちゃんの日頃の言動からしたらあれぐらい、そよ風みたいなものだよ」
運動部のためにと設えられた水道はもはや攻撃本部でしかなく。
「………ソンケイしちゃうなあ本山くんてば」
沸き起こる悲鳴、歓声、笑い声。
それらすべてを生み出す、山ノ井圭介という男。
それらすべてを生み出せる男。
「俺は山ちゃんのああいうとこ好きだけどさ」
器用なのは被害者か加害者か、島崎慎吾の左半身は見事にずぶ濡れ。
だが既に諦めの境地に至ったか、気にする風もなく愚痴を言うでもなくしゃがみ、並ぶ。
「クラスも部活も毎日一緒で、ショウジキなところ疲れません?」
たれ目たれ目、おまえこそ。
食えぬ主将のクラスメイトは、一体誰だというのか。
「ばかだなあ慎吾」
ふ、と見つめる先数メートル。
躍るホースは2本ともに無断借用。青と緑が身をくねらせて放水する先で、きらきら光る飛沫と笑顔と、黄色い被害者の、なみだ。
それがまた笑いを誘うと気づけぬことこそ彼の敗因、彼の魅力。
愛しい愛しい後輩への集中攻撃になりつつも、件のひとの気配り目配り余念なく。
あますことなく、濡れねずみ。
「山ちゃんの日頃の言動からしたらあれぐらい、そよ風みたいなものだよ」
運動部のためにと設えられた水道はもはや攻撃本部でしかなく。
「………ソンケイしちゃうなあ本山くんてば」
沸き起こる悲鳴、歓声、笑い声。
それらすべてを生み出す、山ノ井圭介という男。
高校生の水かけ祭りってもえるよね、と。
ヤマモトは3年間同じクラスだったんだぜ。
ヤマモトは3年間同じクラスだったんだぜ。
「準さんてさあ、俺のこと嫌いなわけぇ?」
そんなことを真正面から尋ねるほうも尋ねるほうだが。
「はあ?なんで、好きだよ」
答えるほうも答えるほうで、聞くとはなしに聞いてるこちらがむずがゆい。
「嘘だ絶対嫌ってる!だってイタガラセばっかじゃん!」
「愛情表現だろー。アイしてるって」
「…じゃあどれだけアイしてんの俺を」
「えー…?和さんとおまえの間の距離くらい?」
残酷な測定方法で弾き出された結果は要するに、埋めがたいというだけ。
愛されているだけその距離遠く。
目標とするところと愛を、同時に手に入れることはまず不可能。
「………やっぱいじめてんでしょぉ!」
「ええ?なんでだよどこが。こんなにもアイしてんのに」
「もーやだこのひとなんとかしてよ慎吾さん!ひどいよね今の!」
「…諦めなさい」
「…慎吾さんてなんでそんなに役にたたないの」
最も有効な手段を切り捨てられ。
「りおーくんこそ慎吾先輩のことどれだけ愛してくれてんのかな」
聞けば、丸々と目を見開き凝視され、きもいとしかもふたり同時に呻かれる、我が身の哀しさ身にしみる。
しみるしみる、しみるというのにただでさえ。
「俺のことどれだけ愛してんの裕史くん!」
わざとらしく背後をゆきすぎる、
「今まで受けたノックの数だけ愛してるさ」
塩ぬり塩屋、おまえのせいで。
後輩ふたりが目で打ち合わせ、
「俺たちのことどれだけ愛してんですか慎吾さん!」
新しい遊びを覚えてしまったではないか。
どうしろというのだ、頓知を求める2対の目玉を?
一生ぶんのまばたきの数だけ愛してる。
ええ愛してますとも、島崎さんも。
ええ愛してますとも、島崎さんも。
「あ」
「あれ」
陽も落ちたグラウンドに、落ちているもの影ひとつ。
拾得物は、後輩。
「…本さん。ちわす」
「よ、どうした」
汗かシャワーか水道水か、湿った髪がくるりくるりと自由気ままに。たぶん気持ちと裏腹に。
「本さんは、今帰りですか」
「うん。お勉強してました」
「お疲れっす」
「お互いね。つーか迅さ、腹減ってない?」
「は?」
「まあ減ってないわけないか、部活後に」
「はあ、まあ」
「じゃあこれあげる」
どうぞと差し出す惣菜パンは幾分かよれて不恰好だが、不恰好には不恰好が相応しい。
「え、でも本さんのじゃ」
「気にしない気にしない」
「えと…じゃ、どうも、ありがとうございます」
小さく下げた頭の上遥か、消えそうに瞬く星、また星。
「うん。それを食べたらね、ちゃんとおうちに帰るんだよ」
「は、」
「そんでめいっぱい食って風呂入って死んだように眠れば、明日がくるからね」
「…ええー、と…」
「まあつまりさ、」
こんなことは言われたくないかもしれないけれども。
「元気出せよということだ」
人気のないグラウンドひとり佇む胸のうち、わからぬ者などあるだろうか。
かつて己も通った道を。
この愛しき不恰好。
笑って別れて、また明日会いましょう。
わたしは迅と裕史に夢を見すぎている。
わたしは迅と裕史に夢を見すぎている。
「校舎裏ってさ、」
木枯らし吹きぬけ通り過ぎ、手にした枯れ葉をくるりとかえす。
並んでしゃがむ人影ふたつ、虚しく転がる竹箒。
「校舎裏って、どういうとこだろうね」
開いた指から葉がすべり。
「校舎の影になってるとこじゃないの」
はらはらはらと地にかえる。
「ここみたいな?」
掃除さぼっててもばれないような、と学生生活の密かな楽しみを密やかに謳歌中。
「みたいなみたいな」
「じゃあ校舎裏でやることっていったらひとつだねぇ」
振り向き向き合い見つめる間もなく触れる唇。
春の綿毛が撫でたかのように一瞬の。
「校舎裏っぽいねぇ」
つぶやく声の響きのどかに。
陽気な彼の裏側に、落ちこむことでもあったろうかと宙に尋ねもしたけれど。
山ちゃんだってうまく元気が出ないときだってあるさ。
元気の源裕史にキッス。
元気の源裕史にキッス。